ことばのスケッチ
第一話 物  差
 私は、二十五年勤めた会社を辞めた。転職した私は、いわば新入社員である。初めての出社であったので、家から会社までの所要時間は、把握していなかった。新入社員の心得として、時間に余裕を持って出社したのである。がらりと静まりかえった部屋で、私は自分の椅子に腰を降ろして人の来るのを待っていた。一番早く来たのは部長であった。さすが部長だと思い、「おはようございます」と挨拶をする。次の日も私は、同じ時間に出社したら、その部長は既に着席していた。
「おはようございます」
「随分早いんですね」と部長はいい、私を横目でみた。
 定刻二十分前に女性達が来て、定刻五分前に男性社員が揃った。先輩の一人の女性が私のところへそーと来た。そして、小声でこう話してくれたのである。
「部長よりも早く来ないほうがいいですよ。それに、初歩的な注意ですけど、部長よりも先にお茶を入れないほうがいいですよ」と、親切に注意してくれた。
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