ことばのスケッチ
「そうね、私の場合は定規を当てて押印するし、ホッチキスをする位置は、書類に対して曲らない様に、寸法を測っていつも決まった位置にするのよ。これまで一度も文句を言われたことがないから」
 やがて、偵察していた一人が、彼の来るのを合図した。ガヤガヤしていた話し声が消えて、皆は仕事の席についた。
押印の曲り具合やホッチキスの位置は、常識をはるかに越えた精度が要求される。よく言えば、几帳面な人格であるが、鼻につく。私もどうやら、皆と歩調を合わせられる程度の知識を彼女から得た。
 ある日喫茶店に例の女性を誘って、「一番嫌いな人は誰?」と聞いたら、すかさず「あの人」と答えた。彼女の話から察すると、どうやら全社的に嫌われているらしい。また、居酒屋で一杯やっている時も、必ず一回は話題にあがる。
 何事も一番を目指し、また何事も几帳面であることは、人の鏡になる筈であるが、それが度を越すと、人の社会では不自然になり、自然にまわりの人も窮屈になる。相手にしたくないのであるが、職場においては相手は部長である。嫌がおうにも付き合わなければならない。かといって、部長の言う通りにするのも気に触る。もつれた心は日ごと高まる。とうとう絶えかねた同僚が、一杯やりながら、むしゃくしゃする気持ちをぶちまけた。その気持ちが、部長の前でも態度になって滲み出る。
「仕事の内容が大事なのか!それとも印鑑が所定の位置に、しかも真っ直ぐに押印されていることの方が大事なのか!」彼のことばには力が入っていた。そして続けた。
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