ことばのスケッチ
今日は機嫌が悪いから、顔を見せないというのも、気の向くままで純粋である。ぶっちょう面を人前に晒すのも、相手に失礼に当たるとの気配りがあると思えば、気高くも見える。自分の気持ちを、相手かまわずぶちまける様は、小さい子供が母親に駄々をこねているようでもあり、考えようによっては純粋だ。「まあ、顔も見せないで」と思う方が雑念にとられて、非純粋のようにも思える。自分の気持ちを殺して、愛想笑いをするのが普通であるが、家主にとっては不自然であり、相手に対して失礼かも知れない。ブザーを押せば二階に通ずるのも、煩わしさを解消する手段として、素晴らしいアイデアだし、階段を上り下りさせるのも、母に対して運動の機会を与えているのだと思えば気高くも見える。食べたいと願うものを何日も食べさせるのも、愛情の現われかも知れない。ただ、これが紙一重のところで、他人側に作用すれば素晴らしいのであるが、不満の心が自分側に働いて、他人を不満にさせるところに心の貧しさが現れると、一般の人は思うのである。