守ってあげたい 〜伝染〜
第1の事件
その朝はいつもより1時間程早かった。 

昨夜テレビの時代劇を見ながら不覚にも、うたた寝してしまい気が付いた時には明け方の4時だったのである。

一昨年に病気で妻を亡くし、二人の息子も大学を卒業してからは、それぞれ大阪と名古屋に就職、以来一人暮らしをしてきた吾郎にとって、いまや唯一の家族が、今リードを引いている雑種犬のナチである。

普段は朝の散歩は朝6時に決まっていたが、早くに寝てしまったせいか、一度目が覚めると、もう寝付けない。

しばらくゴロゴロとしていたが、吾郎が目を覚ましたのに気づいたナチが散歩に連れてってくれとうるさい。

とりたててする事も無いので、仕方なく何時もより1時間早い5時に家を出た。

3月になってめっきり日が長くなってきたが、今年は例年になく冬が長く、長袖のジャージを着込んでいても身が固くなるほど寒い。

冬の寒いのは仕方ないが、春の寒いのは我慢出来ないとは昔の人も上手い事言ったものだ……と一人で呟きながら、吾郎は何時もの散歩コースを歩いた。

手には排便処理用のビニールを持っているが、これはカムフラージュで実際の所、面倒でナチの便の後始末なんかした事がない。最初のうちはいけない事だと罪悪感もあったが、面倒臭さに負けて今ではすっかり慣れてしまった。

だから散歩コースはもっぱら人目につかない裏通り中心である。

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