恋々、散る
零 『散る、恋』
「雨…。」
遂に降りだした。
朝から何気なく見ていたニュースで夕方から雨、と言っていたのを思いだす。
天気予報も、たまには中々当たるものだ。
「っと、感心してる場合じゃなかった。」
生憎傘は持っていない。
天気予報を信じなかった俺に天罰が下ったのだろうか。
始めは遠慮がちにしとしとと降っていた雨も、憎らしいことに次第に激しくなりだした。
早いとこ雨宿りしなければ。そう思いくるりと辺りを見回すと、ちょうど雨宿りできそうな場所を見つけた。
よし、と俺は走りだす。
水しぶきがぱしゃり、と音をたてて制服の裾を濡らしている気がするが、まあ気にしないことにする。
「は、ふー。」
無事雨から逃れることに成功した俺は、休む間もなくパタパタと濡れた学ランを乾かしにかかる。水を吸収した制服が体にはりついて、何とも言えず気持ち悪い。
「…、」
気のせいだろうか。
リン、鈴の音が鼓膜に響いた気がした。否、気がしたんじゃない。確かにしたんだ。
確信を持った刹那、右隣に気配を感じて視線を移した。
「…だいじょうぶですか?」
再び、鈴の音。
「…は、い。」
ボソボソとか細い声が俺の耳に届く。
反射的に返事をした俺の鼓動は、何故だか急速に速まった。
膝の辺りまですとん、と伸びた黒髪が視界に入る。少女は真っ直ぐに前を向いていたが、多分俺に問いかけたのだろう。周りには誰もいない。
残念ながら、横顔は黒髪に隠れていて見ることは叶わないようだ。
「あ、えーっと…?」
「ごめんなさい。びっくりしちゃいました?」
少女は今度はクスクスと小さく嗤いながら首を傾げた。
サラリと髪も揺れる。綺麗な髪。
どんな風に手入れをしたら、こんなに綺麗になるのだろうか。
そんなことを考えていると、少女は再び小さく嗤った。
今度は先ほどよりも遠慮がちに。
視線は、交わらない。
本当に、俺に話しかけたのだろうか。
本当に、俺のことで嗤っているのだろうか。
それすらも疑問に思ってしまうほどに、その光景は、まるでミステリアスだった。