時計塔の鬼


「夕枝」



ハッと、歩美の声で我に帰った。

手元を見れば、ぐちゃぐちゃの赤色の線が、答えのプリントの上にみみずののたうち回ったように書かれていた。



――また、やってしまった。



代えのプリントを引出しから取り出し、使い物にならなくなったプリントを丸めて捨てた。



「ありがと、歩美」


「ううん……、気にしすぎちゃだめだからね?」


「……わかってるよ。さ、続きやって、なんとか終わらせちゃおっか」


「……うん、がんばろー!!」



えいえいおー! とでも言うように拳を振り上げた歩美。

おツボの眼鏡がキラーンと光ったようにも見えたけれど、まじめに採点をし出した私たちにお小言を言いに来るようなことはなかった。

おツボは、ただ常識的すぎて、少しカタブツなだけ。

だから、ふざけたところを見逃そうとはしないけれど、まじめにやっている人間を邪魔しようとはしない人だ。

悪人ではないのだ。



「沖田先生、すみませんが赤ペン貸してもらえませんか? インク切れちゃったんですが、予備のを持って来忘れまして」


「……どうぞ」



高校時代からの忘れ癖は、多少マシになっただけで、完治はしなかったらしい坂田君。

苦笑しながら、ペンケースから予備の赤ペンを取り出し、手渡した。

「すみません」と言いながら採点を再開した坂田くんを、歩美が少し睨んでいた。


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