時計塔の鬼
「ったく……ま、別にいいけど。夕枝だしな」
けれど、シュウがそう呟いて、信号待ちで優しい瞳なんかを向けてくれるものだから――、ポロポロと、私の目から製造された透明の雫が、頬を伝った。
シュウの目が見開かれる。
ああ、だめなのに。
こんな情緒不安定で、どうすればいいんだろう。
呆れられたくはないのに……。
「ごめ……っすぐ納めるから、ちょっと待っ」
「あーもー、なんだよ夕枝ー、俺を誘惑する気? そんな涙目でさ……」
からかうような、陽気なシュウの言い方に、思わず涙が引っ込んだ。
「ゆ、誘惑って……」
「俺にとっては十一年ぶりだ、って言ったろ? 理性保つの大変なんだよ……」
「…………」
「こら、なんか喋れ」
「だって、シュウがそんなこと言うから」
「俺だって好き好んでこんな情けないこと言うかっつの」
「……情けなくないよ?」
「……もー無理。無理無理。夕枝、今晩泊まってもいい?」
そう訊いたシュウの目は、本当に真剣で、思わず身動きが止まってしまうほどだった。
けれど、私だって、シュウと会いたくて会いたくて堪らなかったこの一ヶ月の思いは伊達なんかじゃない。
「……ん、いいよ」
そう呟くと、シュウは私に触れるだけのキスをくれた。
ちなみに、このすぐ後に後ろの車からクラクションを鳴らされて、甘いムードがぶち壊しにされたのは余談だ。