キミノタメノアイノウタ

「母さんは?」

髭と髪をセットして洗面所から戻ってきた父さんが尋ねる。

「もう行ったよ」

「そうか」

父さんはそう言うと、己の首に青いネクタイを締めていった。

私は黙ってそれを見ていた。

毎朝、寸分の違いもなく行われる行為が、昨日の出来事などなかったかのような錯覚を起こさせる。

「いってらっしゃい」

「ああ」

父さんは短く答えて、母さんと同じように出掛けて行った。

車が遠ざかるのを確認してようやく息を吐き出す。

……やっぱり父さんと三者面談なんてするんじゃなかった。

私はすっかり食欲が失せてしまって、箸を茶碗の上に置いた。

クシャリと髪を掻きあげる。

分かってしまった。

……出来れば分かりたくなかった。


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