図書館で会いましょう
「いや。僕が近くの公園で趣味の絵を書いている時にたまたま声をかけられたんですよ。」
北澤の言葉に由美はまた子供のように頷いた。真理子はまだ怪訝な表情のままだった。
「え…何?それだけ?」
じろっと北澤と由美を見る。何度か往復した後、その視線は由美で止まった。
「由美?それだけのことで…叫んだの?」
由美は黙ってまた頷いた。その様子を見て真理子は深い深いため息をつく。
「あんたね…もう…人騒がせな…」
「ごめんなさい!」
由美は深々と頭を下げた。それを見て館長は大きな笑い声をあげる。
「いやいや…遠山さんらしいですね。」
由美の顔は真っ赤だった。北澤は話しかけ難そうなこの状況でも淡々と由美に声をかける。
「遠山さんって言うんですね。まさか山本さんの友達だと思わなかったな。」
北澤の声に由美は頭を上げた。
「いや…私こそ。」
「ご近所さんですね。よろしくお願いします。」
北澤はそう言って右手を由美に差し出した。由美は操られるように握手をする。
「あっ…どうも。」
その様子をあっけにとられてただ黙って見ていた真理子が時計を見た。
「あっ!こんな時間。」
その言葉に北澤も時計を見る。
「あっ。」
そう言った次の瞬間にはカメラの機材を片付けはじめていた。
「すみません。次の取材の予定が…」
真理子の表情は編集者のものになっていた。
「そうですか。」
館長もいつもの表情に戻っている。
「今日は本当にありがとうございました。それでは失礼します。」
真理子は深々とお辞儀をして応接室を出ようとする。応接室のドアノブに手をかけた時、
「由美…」
少し小さな声で由美を呼ぶ。由美は小走りで真理子に近寄った。
「今日、こっちに泊まるからさ。ご飯食べに行こう。」
「そうね。いいよ。」
「じゃあこっちが終わったらメールするね。」
由美は頷く。部屋を出る時の真理子はいつもの真理子だった。
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