掌編集
 道の両端には、塀が断崖のように聳えていて、世界を狭めていた。空も。大地も。何
もかもを切り取ったかのように、その壁が遮っている。時々その壁が口を開けて、人間達の住む家が姿を現す。蝸牛はそんな家など見向きもしないで、一直線に道の端を進んでいく。この道を行けば、そこに辿り着けるような気がする。

 軋むタイヤで怒りの声を上げながら、自動車がこちらに向かって走ってきた。当然蝸牛は端の方を進んでいたので、自動車の餌食にはならずに済んだ。排気ガスをこれでもか、というほど吐き出して、一軒の家の中に吸い込まれていった。あの排気ガスがこの空気を汚している事を、蝸牛は知っている。人間達がしきりに「排気ガスを削減しよう」と呼びかけているからだ。空気は思った以上に弱い。それは、虫である自分自身ですら痛いほど良く解る。だから、空気を汚すことは簡単だ。だが、雨が降った後の空気は、光り輝いているのだ。

 蝸牛は、目を細める。

 蝸牛は、何よりもその美しさを知っている。



 にわか雨が降って、やんだ。

 何処までも抜けるような高い青空に、七色の虹がかかった。

 この、光りに満ちた、瞬間。蝸牛は心の底から思った。「ああ、自分はこの瞬間のために生きているんだ。この瞬間を約束してくれるから、雨が好きなんだ」と。

 蝸牛は、静かに微笑んだ。
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