掌編集
 そう言って連れて行ってくれたのは、あの坂道だった。その坂路の下から上を見上げて、あの言葉を言ったのだ。「坂は空への入り口なんだ」と。その言葉を受けてか、坂の下から上を見上げてみると、なぜだか空が輝いて見えた。まるで、そう、秘密の入り口が口を開けたかのように。目の錯覚かと思い目を擦ったが、まだ輝いて見えた。

 その時は気が付かなかったけれど、そのキラキラは空への入り口だったの。あの子が私を連れて行きたかったのは“空”だったのよ。

 その子は振り向いて私に微笑を投げかけると、ステップを踏んで坂を上って行った。

「――ちゃん、あそこだよ。さあ、早く行こう。早くしないと閉まっちゃう」

 そこは空への扉。どうやって開いたのかは解らないけれど、そこを潜ると誰も知らない世界にいけるらしい。そこは異界。この世界と対になっている、隣り合った世界。綺麗な場所なんだそうだ。まるで万華鏡のような。否、もっともっと綺麗で華美で素敵な場所。その場所を一度でも覗き見たなら、忘れられなくなり、その場所へ行きたくて仕方が無くなると言う場所。

 異界。

 私は、生唾を飲み込んだ。

 そして、あの子の後を付いていく。

 そして、




 坂から空に、吸い込まれた。

 そこには、何処までも抜けるような蒼穹が無限の広がりを見せていた。蒼穹と地平線が出会う場所ではキラキラと何か、水晶のような透明な何かが幾重にも重なって煌いていた。まるで、万華鏡のような。

 そこは紛れも無い、異界だった。“空”は空であり、この世ではない場所。異界。

 私達はそこで、時の移り変わるのも忘れて遊び呆けた。そこでは始終ずうっと青い空が広がっていて、時間の経過が無い様に思われた。外の世界で時が移り変わっているのも知らずに、ずうっと、飽きるまで白い子と共に遊び戯れた。そこでは何か、欲しいと思ったものが直ぐに出てくるので、遊ぶものに困ることは無かった。

 遊び疲れて、“空”から出ると、夕暮れ時だった。茜色の雲が棚引いている。

 後で知ったことなのだが、私は三日間行方不明となっていたのだそうだ。三日間何処へ行っていたのか、という母の質問に、私ははにかむしか出来なかった。

 私は、それ以来その子と会っていない。




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