お大事にしてください
痛み止め7
寝苦しい。窓を開けても、風ひとつ入って来ない。扇風機は、ただ温い空気をかき混ぜているだけだ。むしろ、その役立たず具合に腹が立つ。夢遊病者のように、幸は台所へと歩いていった。
幸の目的は、冷蔵庫ではなく、冷凍庫だ。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、さっきの腹痛の事などすっかり忘れていた。
「アイスないかな?」
冷気が心地よい。その冷気を十分に感じながら、お目当てのアイスを見つけた。
誰にもばれないように、電気も付けずにここまで来た。冷凍庫のライトが、幸の笑みを不気味に照らした。
「うまっ。」
と言っても小声だ。口いっぱいにチョコレートアイスを入れ、小声で喜んだ。あとは誰にもばれないように、自分の部屋に戻るだけだ。
どんなにゆっくり歩いても、幸の家は古い。廊下がギシギシと音を立てる。しかし、この音を立てない方法を心得ていた。すり足で歩く。この方法で歩くと、不思議と音がしない。いつの間にか、生活の知恵として体得していた。
そっと、そっと自分の部屋を目指した。ただ、幸はおっちょこちょいだった。いつも小指をぶつけている。この暗闇の中でぶつけない訳がない。
「いっ・・・。」
アイスをくわえているのと、声を出す訳にはいかないと言う思いが、声を堪えさせた。
慌てて自分の部屋の襖を開ける。が、すぐそこには小さなテーブルがある。その脚に、逆の小指をぶつける。
「痛ったぁ。」
ここは自分の部屋だ。遠慮なく声が出せる。
幸の部屋には白いかわいいカーペットが敷かれていた。畳の上にカーペット。幸なりのささやかな祖母への抵抗だ。今、その抵抗の証が茶色く染まった。
「あ、あぁ・・・。」
情けない声を出すが、何もする事は出来ない。まだ、まだ両足の小指が痛いのだ。痛くてアイスを拾う事が出来ない。
よろけていると机の上に置いた鞄に、右手が引っかかった。当然、中身もアイスと同じに、カーペットの上に広がった。
いつもの痛みだ。いつもなら、ひたすら耐える。耐えて痛みの引くのを待つ。それだけだ。しかし、目の前に転がったパッケージを前に、幸は老人の言葉を思い出していた。
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