【短編集】時空郵便

鉄棒の前回りとも、マットの前転とも違う三半規管の反応で少し気持ち悪かった。

たぶんのそれらとの違いは恐怖の有無。それだけだったんだろう。

手すりから手を離す。

さぁ、これで終わりだよ。

終わりだ。

結局さ。

オレは頑張ってもヒーローにはなれなかったし、4%の希望を託したヒーローは現れなかったよ。

せっかくの自分が主人公のドラマの中で何でオレは自ら脇役に甘んじたのだろうか。


まぁ、いまとなっちゃあどうでもいいんだけどね。

って、あと数秒もすればコンクリートに叩きつけられて死ぬってのにこんなに頭回るものなんだな。

冥土の土産話はこれで決まりかな?

話す相手がいるのかもしらねぇけどさ。

「…んじゃ、ダメだぁああっ!」

手すりから離した手首をがしっと捕まれて、身体が斜にかたむき、空中にさらされる状態で停止した。

その衝撃で目を開けてしまったオレの眼前にあったのは、死へと誘う黒い影の様に見えたコンクリートであった。

「くっ・・・うっ・・・」

右手にギリギリと痛みが走る。

そこがオレを支えている支点であり、体重のほとんどと、重力でもって下方に落下しようとする物体を留めるために引っ張る力と、離れないように握りこまれた力が発生しているのだから。

「死んじゃダメだ!こんな終わりかただなんて僕は絶対許さない!!」

オレを支えていたのはオレより10は若いであろう生年だった。

ヒーローなんかいないって。

4%なんて希望は起こり得ないって。

自分の存在なんか不必要なものであるって。

そう思って。

そう見限って投げ出したのになんだよ。

「なんだよ、ちくしょお……」

青年は歯を食い縛りながら必死で自分よりも重たい人間を引き戻そうとしていた。

首をひねると、その青年の腹部にさっきまでオレが握っていた手すりが深く深くめり込んでいるのが分かった。

このままじゃ、せっかく目の前に現れたヒーローまで死んでしまう。

「…くしょう。ちっくしょおおお!」

オレは青年の手を握りしめ思いきり腕を屈折させた。

その分身体は手すりへと近づいていき、空中で上半身を少しでも後ろ向きに変えていく。

最近たるんできた横っ腹が痛ぇけどそんなこと言ってる場合じゃない。

「…っつ。

早く、左手で手すりを」

「うおぉ!」

青年にひっぱられる右手。

残された左手を思いきり手すりへと伸ばす。

「ふっ…ぐぅぅ」

「うおおおおお!」

そして、投げたされた身体はその前傾を引き戻されて、オレの左手は硬質な手すりを掴んだ。



< 56 / 70 >

この作品をシェア

pagetop