【短編集】時空郵便
「過去や未来の自分に手紙を…………だと?」
野崎は思わず笑った。
それもそのはずだ。
つい数分前まで自分が撮影していた映画。
『fortune letter~時空を越える手紙~』
その物語の中に登場する男もまた、過去や未来へ手紙を届けるという。
「君、誰かに頼まれたのか?」
「はい?」
「山谷くんだろ?こういう悪戯を考えそうなのは」
野崎はそう言って、誰もいないスタジオを見回した。
隠しカメラでもあるのだろう。
そう思えば納得もできる。
最近は映画の宣伝にバラエティー番組が密着することも珍しくない。
「なるほどねぇ。衣装まで用意して随分と凝ってるじゃないか」
「衣装?」
男は自分の深緑色の制服を見下ろした。
「いやいや、アタシはれっきとした時空郵便の配達人ですよ?」
「はいはい」
野崎は笑いながら男の肩を叩いた。
「ただねぇ、設定が甘いよ」
「設定?」
「時空を越えて手紙を届けるんだろ?」
「ええ」
「それじゃ俺の映画と一緒じゃないか。もう少し捻らないと駄目だよ」
男は少しだけ首を傾げた。
「いやぁ。そう言われましてもねぇ」
「それにその口上」
野崎はメガホンを片手に男の周囲を歩く。
「安心便利をモットーに、過去も未来もヨヨイのヨイ。だっけ?」
「ええ、まぁ」
「軽すぎるな。もっとこう、得体の知れない感じを出した方がいい」
「はぁ」
「あと笑い方。今のはちょっと悪役っぽすぎる。君の役割はあくまで物語の案内人なんだから、善人なのか悪人なのか分からないくらいがちょうどいい」
男の口元から笑みが消えた。
「なるほど」
「帽子をもう少し深く被ってみようか」
「こうですか?」
「そうそう。目元が見えないくらい」
野崎は満足そうに頷いた。
「うん。その方が良い」
「ありがとうございます」
男は帽子を深く被ったまま頭を下げた。
「いやぁ、勉強になりますねぇ」
「役者?」
「配達人です」
「まだやるのか」
野崎は笑った。
男も笑った。
二人の笑い声だけが、空っぽのスタジオに響いた。
「では改めまして」
男が肩から提げた鞄に手を入れる。
「野崎さん。過去や未来のアナタへ、手紙を出してみませんか?」
取り出されたのは真っ白な便箋だった。
「…………」
野崎はそれを見つめた。
よく出来た小道具だ。
紙質まで古めかしく作ってある。
「もし本当に出せるなら、面白いけどな」
「出せますよ」
「じゃあ十年後」
男の動きが止まった。
「十年後の俺に出してみたい」
「承りました」
あまりにも普通に答えるものだから、野崎は少し拍子抜けした。
「内容は?」
「それはアナタ自身でお決めください」
ペンを渡される。
野崎はしばらく考えた。
十年後。
四十歳の自分。
映画監督を続けているだろうか。
賞を取っているだろうか。
海外から声が掛かっていたりするのだろうか。
それとも――
もう誰にも名前を覚えられていなかったりして。
「未来の自分に返事を書かせることは?」
「できません」
「一方通行?」
「左様で」
「つまらないなぁ」
「よく言われます」
野崎は笑った。
そしてペンを走らせる。
『十年後の俺へ。
まだ映画を撮っていますか?
俺は今、三作目の映画を撮っています。
正直に言えば自信があります。
きっとこの作品は評価される。
もっと有名になって、もっと大きな映画を撮って。
いつか誰もが俺の名前を知っているような監督になりたい。
十年後。
もし夢を叶えていたら、今日の俺を褒めてやってください。
もし叶っていなかったら――
もう少し頑張れ。』
最後に日付と名前を書く。
「こんなもんかな」
「確かに承りました」
男が手紙を受け取る。
「じゃあ十年後によろしく」
「ええ。確かにお届けいたします」
男は帽子を取った。
先程、野崎が指示した通り。
目元が見えないほど深く被り直してから。
「それでは失礼いたしますね」
「はいはい。お疲れさ――」
男が消えた。
「…………え?」
野崎の声だけが残った。
扉が開いたわけではない。
物陰に隠れたわけでもない。
そこにいた男が。
ただ、いなくなった。
「監督?」
背後から声がして、野崎は飛び上がった。
「うわぁっ!」
「うわっ!なんですか!?」
振り返ると山谷が立っていた。
その後ろには数人のスタッフもいる。
「山谷くん!」
「はい?」
「さっきの男は!?」
「男?」
「郵便局員だよ!深緑色の!」
山谷は困った顔でスタッフを見る。
「……誰かいました?」
全員が首を横に振った。
「監督、疲れてるんじゃないですか?」
「いや……」
野崎は自分の手を見る。
確かに握っていたはずのペンもない。
便箋も。
何もない。
「…………」
「監督?」
「いや。何でもない」
野崎は頭を振った。
「今日は帰ろう」
「はい。お疲れさまでした」
誰もいなくなったスタジオを、野崎は一度だけ振り返った。
そこには映画のために作られた偽物の郵便局。
偽物の手紙。
偽物の時空郵便。
「……まさかな」
照明を落とした。
野崎は思わず笑った。
それもそのはずだ。
つい数分前まで自分が撮影していた映画。
『fortune letter~時空を越える手紙~』
その物語の中に登場する男もまた、過去や未来へ手紙を届けるという。
「君、誰かに頼まれたのか?」
「はい?」
「山谷くんだろ?こういう悪戯を考えそうなのは」
野崎はそう言って、誰もいないスタジオを見回した。
隠しカメラでもあるのだろう。
そう思えば納得もできる。
最近は映画の宣伝にバラエティー番組が密着することも珍しくない。
「なるほどねぇ。衣装まで用意して随分と凝ってるじゃないか」
「衣装?」
男は自分の深緑色の制服を見下ろした。
「いやいや、アタシはれっきとした時空郵便の配達人ですよ?」
「はいはい」
野崎は笑いながら男の肩を叩いた。
「ただねぇ、設定が甘いよ」
「設定?」
「時空を越えて手紙を届けるんだろ?」
「ええ」
「それじゃ俺の映画と一緒じゃないか。もう少し捻らないと駄目だよ」
男は少しだけ首を傾げた。
「いやぁ。そう言われましてもねぇ」
「それにその口上」
野崎はメガホンを片手に男の周囲を歩く。
「安心便利をモットーに、過去も未来もヨヨイのヨイ。だっけ?」
「ええ、まぁ」
「軽すぎるな。もっとこう、得体の知れない感じを出した方がいい」
「はぁ」
「あと笑い方。今のはちょっと悪役っぽすぎる。君の役割はあくまで物語の案内人なんだから、善人なのか悪人なのか分からないくらいがちょうどいい」
男の口元から笑みが消えた。
「なるほど」
「帽子をもう少し深く被ってみようか」
「こうですか?」
「そうそう。目元が見えないくらい」
野崎は満足そうに頷いた。
「うん。その方が良い」
「ありがとうございます」
男は帽子を深く被ったまま頭を下げた。
「いやぁ、勉強になりますねぇ」
「役者?」
「配達人です」
「まだやるのか」
野崎は笑った。
男も笑った。
二人の笑い声だけが、空っぽのスタジオに響いた。
「では改めまして」
男が肩から提げた鞄に手を入れる。
「野崎さん。過去や未来のアナタへ、手紙を出してみませんか?」
取り出されたのは真っ白な便箋だった。
「…………」
野崎はそれを見つめた。
よく出来た小道具だ。
紙質まで古めかしく作ってある。
「もし本当に出せるなら、面白いけどな」
「出せますよ」
「じゃあ十年後」
男の動きが止まった。
「十年後の俺に出してみたい」
「承りました」
あまりにも普通に答えるものだから、野崎は少し拍子抜けした。
「内容は?」
「それはアナタ自身でお決めください」
ペンを渡される。
野崎はしばらく考えた。
十年後。
四十歳の自分。
映画監督を続けているだろうか。
賞を取っているだろうか。
海外から声が掛かっていたりするのだろうか。
それとも――
もう誰にも名前を覚えられていなかったりして。
「未来の自分に返事を書かせることは?」
「できません」
「一方通行?」
「左様で」
「つまらないなぁ」
「よく言われます」
野崎は笑った。
そしてペンを走らせる。
『十年後の俺へ。
まだ映画を撮っていますか?
俺は今、三作目の映画を撮っています。
正直に言えば自信があります。
きっとこの作品は評価される。
もっと有名になって、もっと大きな映画を撮って。
いつか誰もが俺の名前を知っているような監督になりたい。
十年後。
もし夢を叶えていたら、今日の俺を褒めてやってください。
もし叶っていなかったら――
もう少し頑張れ。』
最後に日付と名前を書く。
「こんなもんかな」
「確かに承りました」
男が手紙を受け取る。
「じゃあ十年後によろしく」
「ええ。確かにお届けいたします」
男は帽子を取った。
先程、野崎が指示した通り。
目元が見えないほど深く被り直してから。
「それでは失礼いたしますね」
「はいはい。お疲れさ――」
男が消えた。
「…………え?」
野崎の声だけが残った。
扉が開いたわけではない。
物陰に隠れたわけでもない。
そこにいた男が。
ただ、いなくなった。
「監督?」
背後から声がして、野崎は飛び上がった。
「うわぁっ!」
「うわっ!なんですか!?」
振り返ると山谷が立っていた。
その後ろには数人のスタッフもいる。
「山谷くん!」
「はい?」
「さっきの男は!?」
「男?」
「郵便局員だよ!深緑色の!」
山谷は困った顔でスタッフを見る。
「……誰かいました?」
全員が首を横に振った。
「監督、疲れてるんじゃないですか?」
「いや……」
野崎は自分の手を見る。
確かに握っていたはずのペンもない。
便箋も。
何もない。
「…………」
「監督?」
「いや。何でもない」
野崎は頭を振った。
「今日は帰ろう」
「はい。お疲れさまでした」
誰もいなくなったスタジオを、野崎は一度だけ振り返った。
そこには映画のために作られた偽物の郵便局。
偽物の手紙。
偽物の時空郵便。
「……まさかな」
照明を落とした。