僕のお姉ちゃん
家の階段を駆け上がって、ここまで息切れしたことはなかった。


とにかくすがる思いで部屋の扉をつかみ、中に飛び込む。

急いで鍵を閉めて、ベッドに倒れこんだ。


波打っていた心臓が、だんだんと落ち着いてくる。息も、整ってきた。



姉貴は、追いかけてきていないみたいだ。


安堵の溜息が、口から漏れ出る。

すっかり緊張の解けた体は、何もかもをベッドに預けたかのようだった。





「お姉ちゃん、留学するのよ」


お姉ちゃんが、僕の涙で濡れた頬を優しく撫でた。

僕にはもう、返事をする気力さえ残っていない。視線だけを、お姉ちゃんに向ける。


「1年後の、ゆうの8歳の誕生日に。イギリスに行くの。帰るのは、そうね……ゆうが高校に入学してからかな」


1時間くらい前の僕なら、きっと泣いて止めていただろう。


やだ、やだよお姉ちゃん、行かないでっ……

自分の声が、聞こえてきそうなくらいだ。



でも、今は……

はっきり言って、ほっとした。


こんなことをされて、僕はもう、お姉ちゃんが怖くて怖くて仕方がない。

これから先、ずっと一緒にいるのはきっと、耐えられない。だから……


すごく、ほっとした。
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