恋する旅のその先に

「まぁなんにしてもさ。オイルライターが1番なのさ、俺にとっては」

 新しい煙草を口に運びながら私の頭を撫でる──大きな手。

 それは父のようにごつごつした感触はなく、どちらかといえばやわらかな印象。

 毎日こうしてもらえればどれだけ幸せだろう。

 その手に込められたものが、私と同じ想いの下にあればどれほど嬉しいことだろう。

 きっと夢のような時間に違いない。

 けれど、あの人は私がまったく知らない女性と結婚した。

 ついにあの手はあのとき以上のやさしさとあたたかさを持つことはなかった。

 その代わり──



──あの人は煙草を吸わなくなった。

 それが子供が出来たからなのか、単に奥さんからの要望であるのかは、わからない。

 ただ、あの人は煙草を吸わなくなった。

 ちょっぴりさみしいけれど、あのなぜか得意げな表情を知っているのが自分だけだと思うと、優越感のようなものを感じたりもする。

 あの時間に漂っていた香りを覚えていられるのも、きっと私だけだろう。

 オイルライターをひとつ買った。

 自分が使うわけではもちろんないけれど。

 あの愛しい時間を忘れないために。

 いつでもこの香りと共に、思い出せるように。


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