最期のYou Got Maile
***
 その日、私はいつもより余計に時間をかけて、鏡の前で念入りの化粧をしていた。
 アイラインをひき、アイシャドーを薄くのばしながら、鏡の中の自分を見つめる。
 少しやつれたように見えるのは、私の勘違いだろうか?
 私は、いつもより明るめのチークを頬に乗せ、スックと立ち上がる。
 準備完了!
 そして、約束の場所へと向かって歩き出した。
 私のアパートから、約束の場所までは車で10分と近い距離だった。
 駅について、私はそれらしい人間がいないかと辺りを見回す。
 相手は胸に赤い薔薇を差しているのだ。普通に歩いていても、相当目立つ筈なのだが…。
 日曜の駅は、思ったより混雑していた。私は左右を川のように行き交う人の波に呑まれながら、胸に赤い薔薇を差した人物を捜す。
 数分後、そこに約束の人物がいた。
 この時、私は初めて、時間が自分の回りだけスローモーションで過ぎていくという現象を体験した。
 行き交う人の波の中に、胸に赤い薔薇を差した人物が確かにいた。壁に背をもたれさせ、しきりに腕時計の時間ばかり気にしている。
 私は自分の目を疑った。
 胸に赤い薔薇を差してくるというくらいだから、相手がただ者ではないとは考えていた。
 しかし、よりによって…。
「もしかして、あなたがメル嬢?」
 そう言って、私にニッコリと微笑みかけたのは、黒い学生服姿の少年だった。その少年の胸には、赤い薔薇の花が差されていた。
 私は、しばらく呼吸する事を忘れた。
 客が、普通というくくりでは当てはまらないタイプの人種であることは予想していた。しかし、まさか相手がほんの子供。おそらく中学生くらいだろうか。まさか、中学生がこの場にいようとは想像もつかなかったのだ。
「どうやら、当たりみたいだね?初めまして。僕がロアです。驚きました?」
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