きみと、もう一度

 なんで朝七時に目覚ましかけていたんだろう。

 せっかく昼過ぎまでダラダラ寝ようと思っていたのに、思わぬ騒音に目と頭が冴えてしまった。かといって起きるのは癪なので、なんとか二度寝を試みる。

 けれど、それは母の怒鳴り声によって阻止されてしまった。

「千夏! いつまで寝てるの!」

 どうしてこんな朝早くに起こすんだろう。

 母のしびれを切らしたような金切り声は、わたしを瞬時に覚醒させる。学生時代からわたしにとっての一番の目覚まし時計だ。声の感じから察するに、このまま二度寝してしまったら部屋までやってきて叫ぶだろうと予測できた。

 渋々体をもう一度起こして、ぐいっと背を伸ばす。底冷えするような寒さに体を擦った。そして、再度違和感に襲われた。

 六畳の部屋には出窓があり、カーテンは開けっ放しだった。コンポが置かれていてその横に一〇枚程度並べることのできるCDラック。そして逆側には大好きなキャラクターのぬいぐるみと置物がひとつ。

 どちらも、マンションに持って行ったものだ。ここに置かれていたのは母の趣味であるパッチワークの材料や道具、そして作ったクッションだったはず。


 ぐるり、と冷静に部屋を見渡すとわたしの部屋は懐かしいものばかりだった。

高校卒業と同時に処分したはずの勉強机。真ん中にあったはずのローテーブルはなくなっていて、壁に沿うように置かれている棚には、捨てたはずのマンガやマンションに移動させた小物が並んでいる。

 そして、吊り下がっている制服。

 紺色のブレザーに紺色のプリーツスカート。首元には臙脂色の細いリボンが引っかかっている。

 これは、中学校の制服だ。なんで、こんなものを飾っているのだろう。


「千夏! 早く起きなさい!」


 盛大な音を立ててドアが開かれた。
 ビクリと体を震わせると、入ってきた母が「あら」と少し驚いた表情を見せる。


「なんだ、起きてたの? じゃあさっさとご飯食べなさい、遅刻するわよ」
「遅刻……?」


 どこに? 今日なにか用事あったっけ。

 けれどそれを聞く前に母は慌ただしく部屋を出ていき、階段を降りていく。


 約束なんてもないはずなのだけれど、忘れているだけだろうか。

どっちにしてもいつまでもベッドの上で呆然としているわけにもいかず、起き上がった。このまま寝るなんてことをしたら母は般若に変わってしまう。

床から足許を伝って体が冷えて、ベッドの上にあったドテラを羽織る。いつのまにここにあったのかはよくわからないけれど、まあ、いいか。

 ふあ、と欠伸をしてボサボサになっているであろう髪の毛になんとなしに手を当てた。乱れているのは予想通りだ。けれど、違う。胸元まであったはずの髪の毛が、なくなっている。


「え? え? なんで?」


 いや、違う。髪の毛だけじゃない。部屋はもちろん、体にも違和感がある。なにかがおかしい。

 どん、と急に脈が早くなって体が震えた。
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