僕らの背骨

二人はこの数秒という時間の中で、何故かこんな関係のない話しに特別な必要性を感じていた。

真理は知る事の恐怖があり、美紀は莉奈の二面性にある意味での恐怖を感じていた。

自分達がもう後には引けない事実を知っているからこそ、二人はそんな僅かな時間だけでも"平穏"を味わいたかったのだ。

まるで関係のないその話題が今二人の精神安定剤となって過ぎ行く時間を有効な物にしていた。

エレベーターが18階に着くと、扉の向こう側から小さく単音のベルが鳴り、その階への来客を知らせた。

扉が開くと二人は一瞬目を合わせ、どちらが先に行くのかを考えさせた。

ふと真理が一歩を踏み出すと、美紀はそれに半歩ズレて足を前に進めた。

その時、廊下からドアの開かれる音が響いた。

続いて女性の声が辺りに響き渡ると、真理と美紀は足を止め、視線を合わせたままその声に聞き耳を立てた。

「こっち向いてよ!まだ莉奈の言いたい事何も伝わってないけん…。莉奈だってずっと辛いけん…、誠二はなんで分かってくれんと…?」

それは今にも泣き出しそうな若い女性の声だった。

「それくらい聞こえんても分かってよ!せやけん誠二はいつも逃げとる…。莉奈はどうやって逃げたらええんよ!どんな気持ちで莉奈が誠二に会いに来た思うん?ただ会いたいから?ただ誠二とヨリを戻したいから…?勘違いせんといてよ!莉奈はそんな簡単な女じゃないけん!!!」

そんな剥き出しの彼女の感情は、その姿を見ずとも潤んだ瞳を容易に想像させた。

美紀はアイコンタクトで彼女が"莉奈"だと真理に伝えていたが、真理にしたらそれは必要のない事だった。

彼女は何度も会話の中で自身の名前を連呼し、さらにその聞き慣れぬ方言の使い回しが彼女の素性を明らかにしていた。

やはりその"事情"が存在した…。

美紀の話した人格的な誤差は、莉奈なりの精神の不安定が引き起こした表現の取り違えで、まさしく真理がイメージしていた莉奈という女性は虚像だった。

こんなにも傷付き、こんなにも真っ直ぐ男性に想いを伝えられるなんて…、今の真理には到底出来そうになかった。

彼女も真理同様、悲しき"背景"を背負った少女なのだ。


真理はその事実を、言葉で知る事なく肌身に感じていた…。

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