光を背負う、僕ら。―第1楽章―
いつしか手には、汗が滲んでいた。



動悸だって、緊張と不安のせいでかなり狂い出している。



だけどもう、後戻りは出来ない。



あたしはとにかく丁寧に楽譜に目を通していき、なんとか弾けそうな曲を探すことにした。



そうして曲名も知らない楽譜をどけて、次の楽譜に目を向けた時だった。




「あっ…。」



「どうかしましたか?」



「あっ、えっと…。」




上手く言葉を繋げないあたしをお構いなしに、滝川先生はあたしが持った一枚の楽譜に目を向ける。




「“月の光”、ですね。この曲がいいですか?」




滝川先生はそう尋ねてきたけれど、あたしは返事をすることが出来なかった。



あたしの頭の中には昔の記憶が鮮明に蘇っていて、周りの声など一切聞こえていなかったのだから。





あたしは、今でもあの曲をよく覚えている。



あの曲はピアノの曲の中で一番思い出深く、大切な曲でもあるから。



そしてお母さんとあたしを繋ぐ、優しいメロディー。




――“月の光”。



その懐かしい旋律が、あたしには聞こえた気がした。




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