泣いたら、泣くから。

二章-7

  

 平日の午後。
 私を訪ねる人があった。
 ノックがして、そろそろと中に入ってきたのは花束を抱えた咲希だった。


「おーす。どうよ調子は」
「すこぶる順調。明後日には退院できるって」
「そ。よかったね」
「花サンキュ。あとで母さんが来るからそのとき入れ替えてもらう。置いといて」


 読みかけの文庫本を閉じてベッドを上げる。

 咲希の顔は灼けていた。
 二の腕のちょうど中間あたりに黒と白の境目を見つけそういえば一昨日は快晴だったなと思い出す。――体育祭だったのだ。
 今日はその振り替え休日。
 だからこんな真っ昼間でも堂々と見舞いに来られるのだ。

 咲希は私が今まで読んでいた本を取り上げると――口をひん曲げた。


「なにこれ。めっちゃ難しそうなんだけど」
「難しいっていうか重い……。まあ難しいってことだけど」
「うっへー。この文体がすでに無理。固い感じが古すぎて三ページが限界かも」
「私もはじめはそうだったよ。今はだいぶ慣れたけど。っていうか、それは楽しむ目的で読んでるわけじゃなくて、私の睡眠導入剤だから」
「あーなるほどー」


 すごく納得した顔で咲希は頷いた。


 ここは病院。それも個室。
 暇すぎてしょうがない。
 両親は毎日見舞いに来てくれるがそれでもせいぜい二時間がいいところ。話し相手になってくれる看護士も医者も数分が限度だ。
 24時間ぼんやり過ごしているだけというのは意外と疲れる。

 だが、疲れているからといって寝れるわけでもない。

 そのためのあえての難しい本なのだ。


「だけど読み進めると意外にこれが面白くてさ。最近は消灯時間過ぎてもこっそり読んでたりするんだ。退院したら貸してあげる」
「全力で遠慮する」
「即答過ぎない」
「読もうと思わん。てか読めん!」
「咲希らしい」


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