しずめの遭難日記

最初に父が…

―2月25日―
 相変わらず、吹雪は続いていた。神楽さんの足は、少し回復してきたようだが、それでも山道を歩くには辛そうだ。
 父は、残り少なくなった食料を覗き込み、難しい表情をしていた。食料もそうだが、問題は火を焚く燃料だ。これがなくなっては、雪を溶かして飲料水を作る事もできなくなる。
 父は意を決したようにリュックの口を閉ざすと、私と神楽さんを呼び寄せた。
「俺は、今から山を降りて助けを呼ぼうと思う」
 突然の父の申し出に、私と神楽さんはお互いの顔を見合わす。
「そんな!外はまだ吹雪いてるんでしょ?遭難した時は安全な場所から動かない方が良いって言ってたのはお父さんじゃない」
「そうですよ。ここは救助隊が来てくれるのを待つ方が…。おばあさまも異変に気付いて救助隊に連絡してくれてるかもしれないし」
 私と神楽さんは、一人で下山しようとする父を必死に止めたが、父は軽く首を横に振った。
「ウチの母ちゃんが救助隊に連絡しているとは考えにくい。というか、例え連絡していてもこんな吹雪だ。救助隊は俺達を助けにこれない。それに、俺達は予定の場所よりだいぶ離れているからな。無線も役に立たないみたいだし。まぁ、ビーコンを持って行くから、最悪途中で道に迷っても、救助隊は俺の場所を把握できる筈だ」
 ビーコンとは発信器のようなもので、特殊な電波を常に出して、相手に自分がどこにいるか分かるようにする機械だ。
 父は防寒具を着込むと、最後に私を呼び寄せてこう言った。
「神楽さんを頼むぞ」
 それだけ言い残して、父は吹雪の中を出ていった。
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