臆病なサイモン
「……ただいま」
父親の顔を見たくないが為に、彼が夜勤に行った後に帰宅する日々。
顔を見れないのは、キンパツで産まれてきちまった罪悪感からなのか、はたまた逆恨みからなのかわからない。
「今日は早いな。久々にお前の顔を見た気がする」
そりゃそうだよ。
避けてんだから。
そんなふうに笑うなよ。
「……部活が早く終わったから」
申し訳なさすぎて愛想笑いも出来ない。
部活になんか参加したことろくにねーくせに。
「頑張りすぎるなよ」
この人は、笑い皺がよく似合う良い人だ。
自分の血を引いていない俺にとってもイイ父親であろうと努力ばかりするような人だ。
だから尚更、申し訳なさすぎて顔を見れない。
俺はこの人に付けなくていい汚点を、産まれちまったことで付けちまった存在だから。
「髪、伸びたなぁ」
だからそんな風に笑うなって。
「キンパツの息子」で、この人がどれだけ心を痛めたか、俺には計り知れない。
本当にごめんなさい、とか、謝るんじゃ筋が違うことも知ってる。
でも彼を思うと、俺はどうしても彼に懐く「イイ息子」では居られなかった。
だってそうだろ。どのツラ下げて息子やれってんだよ。
「生徒指導に引っ掛からないか?」
――「人」に一線を引くようになったのは、この人がスタートだ。
墨汁を被ったあの日から、俺は「父ちゃん」と呼んでいたこの人に対して、妙な恐怖を抱くようになった。
(心の中じゃ、自分に似てもいないキンパツの息子なんか要らないって、思ってるんじゃないか、って……)
そういう期間が長すぎて、気付いたら他人とどうやって接していいか解らなくなってた、間抜けな俺。
「……こんくらいの長さなら、ギリギリセーフだよ」
素っ気ない俺に、懲りずに笑い掛けてくれる人。
自分が一番の原因のくせに、最近は開き直ってアッケラカンとしてる母親なんかよりずっと、俺はこの人が好きなのかもしれない。
妹とその人が並ぶ度に、艶やかな黒髪が邪魔して俺を近付けさせなかった。
けれどその度に、この人は手招きして、俺を「そっち側」へ呼んでくれていたのに。
(だからってそんな、のうのうと近寄れるわけ、ないじゃん…)
「……じゃあ、父さんは夜勤行ってくるから。母さん達を頼むな」
穏やかに笑うその人が見てられなくて、俺はただ頷いただけで見送りもしなかった。
最悪すぎる。
もう人間として「カス」域に突入した。
(でも、今までずっとこうしてきたから、今更どうすればいいかなんて、わからない)
それは、俺が今の今まで、向き合おうとしなかったからだ。
生温い、親しんだ残酷なルールの中で、自身が傷付かないように走り回り逃げてきた俺に、ツケが回ってきたのかもしれない。
『君は、他人を羨み過ぎてる、ただのコンプレックスの塊だ』
ダンゴの言葉は的確だった。
そのコンプレックスを理由に、俺はなにかを見落としているのだろうか。
目先の岩に視界を閉ざされて、それを過ぎた先になにがあるのか解っている筈なのに。
……あ、なんか俺、すごい大事なこと見失ってそうな気がする。