臆病なサイモン
「……おす」
朝。クラスメート達がわらわら登校してきている教室で、相変わらずひとりぽつんとしてるダンゴに一言。
周りには聞こえないように目配せしてからってとこがやらしいよな。
そこんとこは解ってるけど、臆病モンのサイモンにはでかい声で挨拶なんて、無理。
昨日のことがあるから、挨拶しただけでも勇気出したって褒めてもらいたいくらい。
「おはよう」
ダンゴもダンゴで、囁くような声でそう返してきた。
こいつの場合は多分、俺に気を遣ってるのと、あとは性格だ、多分。あ、多分て二回言っちゃった。
ダンゴは昨日とも一昨日とも変わらず、中途半端な無表情を浮かべたまんま。
なに考えてんだろ。
一人でイヤになんないのかよ。周りの目とか気にならないのか?
俺だったら、影で「あいつチョー根暗」とか言われたりしてたら立ち直れない。
でもダンゴは、誰になにを話し掛けるでもなく、例え誰かに話し掛けられたとしても、無表情のままそれをやり過ごしてる。
相手しづらいからか、クラスの女子達はもう遠巻きから観察してる状態。たまにお節介なヤツが二言三言話し掛けたり、移動教室とかのアドバイスしてやったりしてるくらい。
「段さんて、笑わないよね」
ヒソヒソ。聞かせたいのか聞かせたくないのかよく解らない音量で囁かれるそれを耳に、俺はダンゴを一瞥した。
俺に聞こえてるんだから、ダンゴにも聞こえてるだろうに、顔色ひとつ変えねぇ。
こいつダイジョブか?
と要らぬ心配までしてしまう。
端から見るダンゴの姿は、クラス全体からハブられてんのとなんら変わらないもんだ。
それを見ながら、俺は彼女を心配するフリをして、実際はもう一パターンの「俺」の姿を見てる気分で、正直、居たたまれなかった。
他人に合わせることを学ばないまま、「キンパツのサイモン」のままで「ここ」まで来てたら、きっと俺はこうなってたんだろう。
これからだって、そうなる可能性がないわけじゃない。
それはかなり恐ろしい紙一重で、知らず俺に苦虫を噛ませた。
「はよーっす、サイモン!」
教室のドアが開いて、ダチンコ達が集まってくる。
見慣れた顔。
聞き慣れた声。
馴染みの話題。
いつもならオッハー!とかトゥーッス!とか、タイムリーに返すのに。
(いや、オッハーは古いけど)
この日の俺は一瞬だけ、意識飛ばした。
まるでマネキンでも相手にしてる気分になったんだ。
なに考えてるか絶対に解らない「モノ」を相手にしてる。
でもマネキンと違って、生きて感じて考える力を持ってる優秀なこいつらに、本当に「バレてない」のか。
俺のドロドロした汚い部分を本当に見抜かれていないのか。
だって会って二日ちょいのダンゴに見抜かれたのに?
「なぁなぁ、今日こそカラオケ行こうぜー!」
見慣れたダチンコ達が笑う。
その裏で、もし俺に気を遣っていたりしたら、なんて考えが浮かんで死にたくなった。
憐れまれるのもバカにされるのも無視されるのも、絶対にいやだ。
だから俺の口は、勝手に開いて勝手に笑って勝手に喋り出す。
「っしゃ決まり!行くか!?」
俺のを合図に、群がってたダチンコ達がオーッと大声を張り上げた。
心臓が、いたい。