魑魅魍魎の菊


「怪我が治り次第、もう一度来ます。——先日の丑三つ時、誠に申し訳ございませんでした」




魑魅魍魎の主と名乗る女は深く頭を下げ、謝罪の言葉を紡ぎ出すのだ。

…何が目的だ、何を企んでいる。荒げた声で叫びたかったが、俺が"地味女"と同じ立場だったらこんな情けない真似ができたであろうか。


酷く感服してしまう自分が居た。そして、この女は負け筋を理解しているんだと心底そう思ったのだ。





「差出人はくれぐれも私だって言わないでね"玖珂の若頭"」

「…なんでだよ」

「私だってバレたら受け取ってもらえないでしょう?あんまり食べ物とか…粗末にしてもらいたくないからさ」



私は走り出せたか、苦しみから逃げて来たのかもしれない。痛みの数だけで"生"を実感するしかない。


この大きな家から温かさを感じ、大きな"絆"も感じられた。そしてこの男が存在する意味がとてもよく解る場所。



「それと廊下でぶつかった時は悪かったね。玖珂君にはまた後日、見舞いの品でも用意させてもらうから」



その女は痛みすら感じない笑みを零しながら、丑三つ時から去ったときのように颯爽と踵を返した。肩なんてほとんど食いちぎられても可笑しく無い状況だったのに…


物凄く痛いはずなのに、何故そうやって普通に学校に来るんだよ…




頬だって俺に思いっきり殴られて、喋るのも辛いはずなのに…何で笑うんだ。





意味が解らなかった。理解に苦しんだ。



スザクから聞いた、あの女…自分の刀で左腕を刺したと。それでも戦ったのか?


——何の為に。




ますます解らなかった俺は紙袋をギュっと抱きしめ、家の中に入って行ったのだ。


 
< 83 / 401 >

この作品をシェア

pagetop