燕と石と、山の鳥
寺には住職である在彦和尚の他は若い修行僧達しか見当たらず、他に和尚はと聞くと院主は「私めの他は皆雲水ばかりでございます」とだけ返ってきた。

雲水ってのは修行僧の事だ。



本尊の安置される薄暗い中央の間の前の廊下を通り、畳の敷かれた部屋に案内される。

建物の中は外より大分涼しかった。


「そういや、芹緒の家系って寺とか関係ないのか?」

茶は住職自らがいれるらしく、退室した主を待つ間山水画の描かれた古い襖を眺めながらなんともなしに尋ねると、隣で行儀よく座る芹緒が答える。


「仏教はインドで、方相氏は唐時代の中国で生まれたものですから、生まれが違いますが…」

「日本じゃ平安時代の宮中行事になってたんだったか」

「えぇ。
近年じゃあ節分の日に大儺の儀が再現されるようになっていますが、行事を行うのは寺社ですね」


聞いといてなんだが、この手の話は結構ややこしい。
この前の坂田兄弟に憑いていた牛頭馬頭もとい火車だって、火の付いた車を引く獄卒と言う鬼が室町の頃に牛頭鬼馬頭鬼になり、江戸初期には鬼門である方角が丑寅であることから、牛の角に虎のような容貌の鬼が描かれ特に虎のイメージが強く残されたまま鬼から妖獣へと変わり、死臭に猫が寄ってくることから人程の大きさのある化け猫になり、さらには死肉を喰らうとされた魍魎(モウリョウ)と混同された。

江戸時代に様々な情報を集めて膨大な量の妖怪を描いた鳥山 石燕という絵師が採用した火車は人程の大きさの化け猫だったが。
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