失いいくものへの鎮魂歌
その日の帰りがけ
近くのバス停まで送っていくとき

辺りは暗かった
それでも街灯はおしゃれでムードたっぷりだった

彼女は街灯の谷間の暗がりに差し掛かったくだり道で

僕の胸にシャツの上から軽く手を当てた。

僕には分かっていた
彼女の求めているものが

キスは初めてだった
要領なんて分からない

僕は口で彼女の下唇をくわえているだけだった

彼女の唇は暖かくも無く 冷たくも無かった。


バス停でバスを待っているとき一言も口は聞かなかった
ただ手は握っていた

彼女は一言言った
「あたし 末期の肺がんなのよ」

「えっ」

それは嬉しさの後の、突然突き放されたようなショッキングな事実だった

その日はそれから一言も会話せず
そしてやってきたバスに彼女を乗り込むのを見届けると
彼女は席について会釈した
僕は手を振った とてもオーバーに左手だけで…
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