沈黙の華
働いているうちに

店にくる常連の行動パターンが分るようになってきた。

平日の朝はほとんどお客さんがこない。

10時過ぎに上の方々の中で一番したっぱと

思われる奴(3ヶ月おきくらいに人が入れ替わる)

が頭と呼ばれる人の朝ごはんを買いに来る。

いつもホットサンドとブラックコーヒーだった。

午後二時近くになると上の方々がぞろぞろ下りてきて

昼食をワイワイ召し上がる。

みんなナポリタンだとかボロネーゼとか、

なんだか可愛いオーダーで僕は

彼らをひそかに「ひよこ組」と名づけていた。

週末の朝、店の一番奥の

L字型のソファ席はいつも「彼」の席だった。

彼は年は30代前半のように見え、

いつもスーツだったがシャツは黒かった。

細身の体だったがなにか人を寄せ付けない雰囲気があり、

美しい顔ではないが、

男らしさを感じる顔立ちであった。

たまに平日に他の者を引き連れてやってくるときは

「若」と呼ばれていた。

恐らくえらい人なのだということを僕は知っていた。

彼もまた顔に似合わず週末の朝はフルーツサンドとココアを頼んだ。

僕は彼に「ココア様」というあだなをつけていた。

ココア様は僕がアップリケでバイトを始めてから

1年半ほど過ぎた頃からよく僕に話しかけてきた。

話しかけているのか独り言をつぶやいているのか

微妙なところだったが。

「今日は外が金魚ばちの匂いがするな」とか

「昨日の月はでか過ぎてどっかの看板か何かかと思った。」

とかちょっと不思議な会話だった。

それでも僕はすこしずつココア様と

お近づきになれるのがうれしかった。

僕はホモではないが、

ココア様に少し惹かれるものを感じた。

ココア様の周りにいつも「ひよこ組」の人達が

群がるのにも納得できた。

僕は「ひよこ組」にはなれないが

ココア様に近づきたいと考えていた。

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