蝉時雨を追いかけて
 断られるのはわかっていた。それでも、言っておきたかった。


「ごめんなさい」


 彼女は、振り向かない。これでいいんだ。おれは。


「……いいよ。気にしないでくれ」


 出て行こうとするおれを、北村麗華が呼び止めた。

ようやく振り向いた彼女の目は、濡れていた。透き通った声が、震えている。


「拓海さん、ありがとうございます。でも、やっぱり私、拓馬くんのことが忘れられそうにないです」


 おれは精一杯ほほ笑んで、部屋を出た。

夏の名残を惜しむようなセミの鳴き声はまばらで、もう時雨のようにと言えるほどではなかった。

拓馬の物語はもう終わってしまった。だが、おれの物語はまだこれからも続いていく。


 北村麗華にフラれても、おれはまだ彼女のことが好きで。

それでも、それほど悔しさはなかった。

それはきっと、付き合ったり、結婚したりするだけがすべてじゃないってことなんだろう。

たとえばおれの場合は、彼女を守っていくことができれば、それでいいんだ。



おしまい
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