抵抗
トイレの入り口に座り込んでしまった。床をみていると、悔し涙があふれてきた。涙は放っておいた。床に涙のしずくが落ち、グレーが黒くなる。やがて、行き交う人が和己の姿をチラチラみるようになった。すると、向こうから警備員がやってくるのがみえた。

和己は立ち上がると、手のひらの汚れを払うひまもなく、飛ぶようにして逃げ去った。警備員は和己の背中になにか声をかけてきたが、無視して走り去った。宝くじ売り場の横から表通りにでると、警備員の仲間が交通整理をしている。和己は制服をみて、一瞬立ち止まったが、警備員が広げる両手の腋をくぐるようにして通り抜けた。

何処をどのように走ったのかは覚えていない。人通りの多い表通りを避けた。そして、裏通りに入り、物陰の多いところを選んで潜伏した。大きな観葉植物の陰に座っていた。陰は秘密の入り口のようになっている。やがて、若いカップルが入ったので、和己にもここがどんな場所なのか、意味がわかってきた。

入り口には、カップルがやってくる。物陰にたたずむ和己のことを、イヤらしい目つきをして睨むように通りすぎる。<大馬鹿野郎。昼間からなんやねん。>と彼らが、この建物の中で、なにをどのようにするのかを和己は想像した。

「ちぇ、アホくさ。」そうつぶやくと、和己は道に落ちているレシートの固まりのようなものをポンと向こうに蹴った。和己は尻についた埃を両手で払うと、向こうへ歩きだした
約一時間ほど、物陰に隠れて時間をつぶした。<もう大丈夫やろ。>と思い、リュックをなくしたトイレへ戻った。ごみ箱のナイロン袋を取り替えているおばさんにきいた。「リュックがなかったですか。」「あったよ、グリーンのリュックか。」「そうです。」和己はついでに中身もあることを期待して、満面の笑みを浮かべた。

「これやろ。」とおばさんは、事務所に戻って持ってきてくれた。「中身はあれへんよ」と和己はおばさんにきくまでもなく、いわれてしまった。「なかったですか。」「大事なもんでも入ってたんかいな。」と、親切そうなおばさんが、和己にアメをひとつくれた。
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