抵抗
「覚えとけ。」男は捨てぜりふを吐くと、大事そうにして、自転車で走り去った。通行人は和己のほうがボカボカにやられるものと思ってみていたので、小さな拍手を送った。

「兄ちゃん。身が軽いねんな。」田舎の伯父さんと同じほどの男が声をかけてきた。和己は耳まで赤くなって、「そんなことないです。」と相手を敬う言葉で返事をした。「兄ちゃん、急ぐんかいな。」男は短い言葉を発してきた。

和己は男と連れ立ってアーケードの下を歩き、横断歩道の前までやってきた。「おれはこっちやけど、兄ちゃんは向こうか。」男はそうきくと、立ち止まって和己をみた。

「なんや、行くとこないんやろ。家出かいな。」男はたちまち、和己の正体を見破った。「よっしゃ、よっしゃ。イロイロあるもんな。おれも若いころはイロイロあったしな。余計なことはきかんでおくわ。どうや、おれと一緒にどうや。旅は道連れ、世は情けて知ってるかいな。」男はそういうと、愉快そうに笑った。

歩道橋の真ん中で男は立ち止まった。「おれの若いころはこの辺で遊んだもんや。」「この辺て、なにかありましたんか。」和己は広い工事現場を指さしていった。「ここらは、昔は繁華街やったんや。」「この辺一帯ですか。」「そうやで。かなり広かったな。」

和己は電車内で知り合った老婆のことをふと思いだした。そして老婆がいっていた言葉を思いだそうとするが、なかなかでてこなかった。「アという場所はありますか。」「あかいな、あなあ、ああ、旭通りのことやろ。」男はそういうと、立ち上がった。

「昔は坂道やったんや。旭通りは江戸時代からあるねんで。当時、ここらは遊廓に連なる飲み屋やったんや。このあたりには、路地という路地に飲み屋がギッシリあったんや。」和己はそれをきいて、<あのお婆さんは、もしかしたら。>と老婆の若いころを思った。
「みてみいや。ブルが土を掘り返しとる。掘り返したら罰があるそうや。」和己は番頭が教えてくれた幽霊話が気になってきた。「ここらを掘り返したら怖いことになるんや。」
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