彼と僕の横顔
事務の仕事は色々あるようだが、僕が任されているのは品物の仕分けが主だった。野菜や肉、お惣菜、加工食品…様々な物がトラックで届けられる。それを分けるのが僕の仕事だ。

「桜井さん、これはここでいいですか、」
「待った。そこんとこ重ねて置いといてくれ。」
「はい。」

静かな店内。まだ最低限の明かりしか点けられていないスーパーは、いつ見ても変な感じだった。時間を忘れて仕事をしていると、少しずつパートさんや社員さんの声が聞こえ始める。早い社員さんは七時過ぎくらいにやってくる。その早く来る社員それが、僕の唯一の心を許せる存在で、何とも言えない想いを抱いている相手だった。

「お早う、渡部」

この声を聞くだけで、もう僕は仕事の大変さを忘れる。少し間を置き、荷物を抱えながら振り向いて返事をした。

「お早う御座います。今日もお早いですね、野崎さん。」

二階へと上がる野崎さんの去り際の顔。少し微笑んだ横顔が、僕は好きで堪らない。スーツを着た後姿を、僕は暫く目で追う。
僕と野崎さんの関係はそんなに濃密なものではない。むしろ薄い糸でくらいしか繋がっていないだろう。けれど、それは僕にとってとても大きなものだった。
仕事を始めてからの一、二ヶ月はほとんど記憶にない。恐らく相当精神的に疲れていたのだろう。慣れないものへの挑戦は、まさに未知の世界以外の何でもなかったのだ。
心の病に侵されていた僕は人と関わることが一切出来ず、家に二年ほど引きこもっていた。人が怖く、母以外の人間とは絶対に接することができなかったのだが、ある日バイトの折り込みチラシを母が見せてくれた。あまり人と会わないで社会に出る練習をしたかった僕は、すぐに面接の準備を開始した。その時の僕は十八歳。一応将来のことを考えなくてはいけないと思っていた時期。面接はすんなりと終わり、人手不足だったそのスーパーから採用の電話が来たのは、三日もしない雨の日だった。
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