ただ、声をあげよう。
返事がない。


受話器越しに人の息遣いが聞こえるのに、向こうではがさごそという気配がするだけで人の声はしない。

「じいちゃん?」

しわがれた小さな声がした。

うふふふ、という笑い声が聞こえて受話器の向こうの声が変わった。


「ほんとに、美幸ね」

「うん。美幸」

「どげんしたと?急に?」

「じいちゃんとばあちゃんの顔が見たくなったで、バス乗ってきた」


「あほたれが。お前、腹ぼてだろうが。すぐ行くで待っとけ」


ケロヨンのベンチの右端に注意深く腰を下ろした。

重心が傾いてベンチの反対側の足が持ちあがり、あたしはあわてて真ん中に身をずらす。

じゃり、と乾いた音がしてペンキー元は白かったと予想されるーが、剥がれ、ぱらぱらと落ちていった。


山並みを見上げて足を投げ出す。

どんよりと厚く垂れ込めた雲を眺めながら待っていると、軽いエンジン音が遠くから聞こえてきてじいちゃんの乗った白い軽トラがあぜ道を軽快に走ってくる。


「ばかたれ」


じいちゃんは首に巻いた手ぬぐいで汗を拭くと、しわの寄った大きな手であたしの頭をわしわしわしと撫でた。


「乗れ」


よっこいしょと口に出しそうなエンジン音がひとつ、あぜ道をふるわせた。





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