―ユージェニクス―
――時刻、午後三時を大きく回った頃…


「失礼します、観崎所長…面会をされたいとおっしゃる方が」

濃い色の所長机に置かれた白い電話機が、緑のランプを点して通達を入れる。
観崎は一瞬眉を顰め、落ち着いた声を受話器に向けた。

「今日この時間に面会予定はないぞ?どちら様かな?」

観崎は秘書を付けるのを嫌っており、所長の地位ながら予定を全て自分自身でやり繰りしている。
時折専務補佐の公島が、観崎と専務の間の予定を確認するくらいだ。

この時間は何のアポイントも取っていなかったはずだが。

……ああ、まさにアポの話なのか?

と観崎は思い直したが、電話向こうから意外な事を伝えられた。


「それが…要人の方でして…日堀様…と」


要人……

日堀大臣か。


「用件は?」

「…新法案の確認で、所長へ話をされたいと…如何されますか…?」

観崎の表情は固いままだったが、少しだけ間を置いた後、自分から出向くから応接室に通す様伝えた。

(そろそろ話が来るとは思っていたが…まさか政府が直にとは)





研究所内、応接室。
洒落たガラス張りのテーブルに、合向かうソファー。
テーブルの上には置かれたばかりのコーヒーカップが、同じ陶器のソーサーの上に乗っている。

「ご無沙汰しています、観崎さん」

訪問者は薄い笑みを浮かべ、応接ソファーから腰を上げて観崎を迎えた。
日堀…いつ見ても人を食った様な顔だ。

「こちらこそお久しぶりですな」

観崎は相変わらずの物腰の柔らかさで挨拶し、日堀にソファーへ掛ける様促す。
続いて自分も腰掛けた。

いつも思うがこのソファーはかなり柔らかい。

事務の女性が観崎の前にも温かなコーヒーを置いた。


「して、何用ですかな?日堀さんもお忙しい身でしょう」

「実は急で申し訳ないのですが、観崎さんもご存知と思います…制定された新たな民事法について、明確にお話せねばと思いまして」


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