夢みる蝶は遊飛する


「今の風邪は腹にくるっていうからな。こたつでみかんばっかり食べてるんじゃないぞ」


的外れなその言葉に、つい笑ってしまった。


職員室は暖房がきいているせいか、林先生は背広を着ていない。

チャコールグレーのニットベストを身に着けたその姿は、ネクタイさえしていなければ男子生徒と見間違えてしまいそうだ。


けれど三年生の授業を任されているということは、年齢も風貌も若いけれど授業の評判はいいのだろう。

そうでなければ、進学校であるこの高校で、受験生の授業は任されるはずがない。

デスクの上に積み上げられたプリントや世界史の教科書、資料集、用語集などが、それを物語っていた。


それを横目で眺めていると、先生が積み上がった冊子を軽くたたいた。


「お前は二年生か。そろそろ受験勉強はじめておかないと、一年後に泣きを見るぞ」


と、なんとも嫌な言葉をくれた。


将来のことなど考えたくもない。

今は、特に。

けれど、猶予期間はもうあと少ししかないのだ。

どうして立ち止まったままではいられないのだろう。

大人になることを急かされるほどに、私の心は過去に遡っていくのに。

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