モラルハラスメントー 愛が生んだ悲劇


『君に言えなくて、隠していたことがある。』


捨てられた子犬のような目をした倉澤が震える声で話し始めた。

『裕子、絶対に怒らないで聞いて。

僕は・・・ 一度、結婚していたことがある。
子供も、いるんだ・・・』


裕子は驚いたが、同時に納得もした。

女にモテるであろう倉澤が、この歳で独り身であることの方が不思議なくらいなのだ。

そう考えると、安堵している自分がいた。


「そうだったんだね。 ・・・
別れた理由、聞いてもいい?」


優しく聞いてみる。


『その頃の僕は・・まだ若くて・・・ 仕事も始めたばかりで忙しく、彼女が・・・

育児ノイローゼになって・・・

僕が悪い。 男はお金を沢山稼がなきゃって、 焦って、それで・・・

小さい息子を捨てるなんて・・

僕は・・・最低なんだ。

幸せになってはいけない人間なんだ・・・・ 』


裕子は倉澤を抱きしめた。

「そっかそっか、直哉、話してくれてありがとう。

若い時だもん、いろいろあるよね。

私は大丈夫、大丈夫だから・・・奥さんと息子さんのこれからのこと、一緒に考えようね。」


倉澤は裕子の胸で震えながらしゃくり上げていた。


だが倉澤の目から、涙は流れてはいなかった。





< 12 / 42 >

この作品をシェア

pagetop