恋をしたら眠れない
第1章 交差
オレの茶碗にメシを盛りながら、ああそうそう、と兄貴は言った。


「お前のクラスに、坂口香子さんているだろ」

「んあ?」

豚のしょうが焼きを頬張る。
うめーなこれ。

「なんで知ってんだよ、コウコのこと」
「今日、会った」
「どこで」
「塾の前。うちの生徒のお姉さんだったみたいだな」
「ああ、そういや小学生の弟がいるって聞いたことがあるような」

肉、野菜、メシ、みそ汁をバランスよく口に運ぶ食べ方は、もの心ついたころから毎日のように兄貴に叩き込まれた。

「彼女、俺の顔を見て驚いたみたいに立ち尽くしてたから、もしかして、と思って声かけたんだ。『瀬尾愁路のお友達?』って」
「んで?」
「そうです、って頷くから、自己紹介した。『弟がお世話になってます。兄の瀬尾愁大です』」
「お世話になんてなってねーけどな」


むしろこっちが世話してやってるっつーの。
特にテスト前なんか。


「中学から同じなんだって?全然知らなかった」
「クラスが違ってたからな。高2になって出席番号が近いから同じ班とかでさ、それからだよ、しゃべるようになったの」
「ん、聞いた。・・・おかわりは?」
「いる」

3杯目の白飯は軽めに盛ってもらい、キュウリやたくあんなどの漬物でさらさらっといただくのがオレ流だ。

「・・・坂口さんって」

とっくに食べ終わったいた兄貴は、急須から熱いお茶を注いだ湯飲みを両手で持って、くすりと笑う。


「かわいいな」


オレは一瞬驚いて箸を止めた。

が、内心の動揺を悟られぬようすぐに残りのメシをかきこんだ。




ーー今思えば、この時即座に行動していれば、まだどうにかなったんじゃないかと思う。

仮に既に手遅れだったとしても、せめて、自分の気持ちに気づいてさえいれば。


そうすれば・・・。


己の胸の内にすら鈍感な純情極まりないオレが、彼らの恋のベクトルに思うさま振り回されることも、なかったはずだったんだ。


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