大人になれないファーストラバー


「サクっ」



物心つく前からのそのあだ名を、たった何ヶ月ぶりかに聞いたのに、ずっと長い間そう呼ばれていなかったような気がした。




"サク"。

そう言った蕾の顔はなんとなく見られなかったから、ひたすら前だけを見て走った。





蕾を抱き上げた直後、観月が人の群れから飛び出して来て危うく掴まれそうになったが。

その手が触れる寸前、


「行けっ 橋本っ」


という力強い阿宮の声がして反射的に前に出たので、観月の手からどうにか逃れられた。




観月は追いかけて来るのではないかと一度後ろを振り返ってみたが。
ただこちらを憂いを帯びた目でじっと見ているだけで、追いかけて来る気配はなかった。





「サクっ おろしてっ」




蕾は足をバタバタさせて暴れ出す。
手で俺の顔を遠ざけるようにしたり、頬をつねったり。

危うく蕾を落としそうになった。





「お前ケガしてんじゃんっ 保健室連れてってやるからついでにゴールまで付き合えっ」




蕾の拒絶に悪戦苦闘しながらも、なんとかラストスパートの直線に差し掛かる。


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