この心臓が錆びるまで


 私達を囲う木々がざわつく。二人の間をすり抜けていく風は、ひどく冷たかった。頬をなぞっていた手に、翠のものが重ねられる。


「……翠」


 握る力は弱々しくて、思わず名前を呼んだ。少しだけ眉を寄せて、翠は目線を下にそらす。表情からではわからないけれど、翠の心は泣いていた。

 私には、伝わってくる。翠が悲しんでる理由はわからないけれど、私が抱えるものと酷似している気がするんだ。だから、私のためにそんなふうに笑わないで。

 悲しみを秘めた笑顔なんて、苦しいだけだから。


「薺」


 掠れた声が響く。見上げると、真剣な表情をした翠が私を見つめていて。翠の手が私の頬に優しく触れる。


「……す、い」


 翠の顔が近づいてきて、思わず目をつむる。淡く甘い香りが鼻を掠める。翠の匂いに包まれた刹那、唇に柔らかい何かが触れた。


「――――」


 それは紛れもなく、翠のもので。

 すぐに無くなったその感覚に、ゆっくりと瞼を上げると、そこには黒髪を揺らし綺麗に笑う翠がいた。


「これ、俺のファーストキスね」


 翡翠の瞳が優しく細められる。

 そのやわらかい瞳に、私には無い何かを見つけた気がした。

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