君が好き
出逢い
 暗闇の中、風の音が虚しく耳を撫でた。風が強く服がハタハタと音を立てた。
『……なんで俺を産んだの?』
『もともと私は子供を生む気なんてなかったのよ。おろす金がなかったから仕方なく生んだだけ。それを高校まで育てたんだから、感謝して卒業をしたら働いて返しなさいよ』
 台所で会話をした母親の姿が碧の頭に浮かんだ。一度も振り向かなかった母親、その背中を寂しい目で見ていた記憶が思い返された。
 碧はゆっくりと目を開けた。十二階のマンション屋上で向かいの高層ビルの窓に反射した夕陽に目を細めながら、碧はすぐ近くにある公園を見下ろした。
 夏が近づき、外を出歩く人たちが多くなっていた。公園には複数の子供たちがボールを蹴って遊んでおり、その脇には母親たちが話をしていた。母親たちは時折自分の子供に目を配り、手を振った。その光景が碧の胸を苦しくさせた。
(幸せって、あんな感じなのかな? ……もう、どうでもいい?)
碧は顔を真っ直ぐ向けた。夕陽で赤く染まった街並み、最後の光景だと思うと、美しく儚く思えた。
碧はフェンスから手を離すと、地面を蹴った。
 風の音が強くなり、途中で片方の鼓膜が破れたのを感じた。
 突風が吹いて頭から落ちていた碧の身体は横を向いた。
 コンクリートに落ちるはずの碧の身体は風にあおられ、花壇の柔らかい土の上に落ちた。
(最悪だ)
碧は暗くなる視界の中で、痛みか死に切れない悔しさか、一粒の涙を零した。
 パタパタとこちらを向かう足音が遠くで聞こえる中、碧の意識はこと切れた。

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