君が好き
背中合わせ
 碧が入院して、一月が経った。リハビリも順調に進み、松葉杖を使えば一人でも歩けるほどまで回復した。
 一人で外に出てはいけないと念を押されていたが、碧は時折一人で外を出歩いた。そして、美雨がよく座っていたベンチの反対側に座った。
(あの子の歌が聴きたい)
しかし、美雨は一度も姿を見せなかった。
「碧くん、一人で出たらダメって言っているじゃない。転んで怪我をしたら、退院が長引くわよ」
看護婦の一人が慌てて駆けてきた。碧は決まりが悪い顔をすると、一息ついて松葉杖を手に取った。
 病室に戻ると、菅が椅子に座ってリンゴを剥いていた。
「いないと思ったら、また美雨ちゃんを探しに行っていたのか」
「あら、そうなの?」
菅の言葉に看護婦は目を大きくした。
(おしゃべり親父)
碧は顔をしかめると菅を睨んだ。
 碧は菅を慕い、色々なことを話した。通っていた学校のことから飛び降りる前のこと、入院生活のこと、そして、美雨の歌のことなど、学校で起こったことを親に話す子供のように話をした。
 菅は碧の話を真剣に聞いた。おもしろい話には声を出して笑い、悲しい話は深刻な顔で聞いた。二人の間には深い信頼関係ができていた。
「でも、それならしばらくは外出しても意味ないわ」
「えっ?」
碧は看護婦のほうへ顔を向けた。
「美雨ちゃん、調子を悪くしていてね」
「大丈夫なの?」
「ええ。たまにね。調子を悪くするから」
看護婦は碧をベッドに座らせると、優しく微笑んだ。
「いや、別に…… 僕はただ、……」
はにかむ様に言う碧を見て、菅と看護婦は目を合わせて笑った。
 看護婦が出て行くと、碧は菅の剥いたリンゴを食べた。
「病室まで会いにいけばいいのに」
「そんなんじゃないって」
管はからかうように話した。
時折、会話に隙間が開くと、管は終始碧の様子を窺っていた。
「なに? 言いたいことがあるなら言いなよ」
「いや」
菅は首を横に振って目を逸らした。
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