君が好き
 翌日も気がついたらベンチに座っていた。碧は自分の意思の弱さに呆れた。
(今日は自分のほうから話さないと……)
話題をあれこれ考えているうちに時間だけが過ぎていった。
 満を持して碧が振り返った瞬間、背中のほうから声がした。
「碧くん」
碧が振り返ると、菅が手を振っていた。
 碧は苦い顔をしたが、すぐさま表情を緩ませた。
 碧の高鳴っていた鼓動は次第に静まっていった。碧は手を振ると、菅のもとへと歩いていった。
「あの子が美雨ちゃんかい?」
菅は碧の肩越しにベンチに腰掛けている美雨の顔を覗いた。
「え、ええ」
碧の頬は自然と赤らんでいた。その表情を見て菅は笑みを浮かべた。
「さぁ、暑いから病室へ行こう」
碧は菅の背中を押し、病室へと歩いていった。その姿を見て美雨は憂いの表情を浮かべた。
 菅は冷たいゼリーを差し入れた。
(あの子にも食べさせたいな)
碧はふとした瞬間に美雨を思い浮かべることが多くなっていた。
憧れを抱いているだけと何度も自分に言い聞かしたが、恋心を抱いていることに碧自身気づいていた。
 その日は菅と一杯の話をした。
 時折外を覗く碧の姿を見て、管は優しく笑った。

 次の日もその次の日も碧はまるで条件づけされた犬のようにベンチに座っていた。
「この前の人、お父さん?」
碧が座ってしばらくすると、いつものように美雨が話しかけた。
「いや、違うよ。両親は…… もう、いないんだ」
「……そう。私と一緒ね」
美雨の口から初めて自身のことを聞いた。美雨の表情は微笑を浮かべていたが、その目は悲しみを感じさせた。
(この笑顔、管さんのする笑顔に似ている)
碧は管が両親の話をしたときのことを思い出した。
 病院の真っ白い壁がオレンジ色に染まり始めると、碧はマンションの屋上から見た景色を思い出した。
< 16 / 40 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop