イナフ ー失われた物語ー 【小説】




…温かい

素肌の感触?

きつく抱かれ

鼓動が互いの胸に響く

低体温で全身の震えが止まらない

だが温かい…

さっきまで

自分を抹殺しようとしていたのに

逝かせてくれと懇願していたのに

この温もりが泣きたくなるほど

突き放すことができない



温かい…



震える身体がさらにキツく抱かれる

交錯する…死にたい…死にたい

なのに

こんな…

誰かもわからない人肌でさえ

突き放せない

いや…手放すことができない

こんな事が今の私には救いなのかと

思うことにも

このぬぐいされない体温にも

苦しみと切なさに涙があふれて

止まらなかった

あの日病院で目覚めた日から

私は初めて 

泣いた

涙と同じ塩辛さの中で








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