恋人は専属執事様Ⅰ
部屋に戻り着替え終わると、ドアをノックする音と藤臣さんの声がした。
「どうぞ」
私が応えるとドアが開いて
「失礼いたします」
と一礼して藤臣さんが入って来た。
いつもの燕尾服姿で髪もサイドへ流し纏めている。
さっきの笑い上戸と同一人物とは思えない。
「ご入浴の準備が整っておりますが、お食事の前になさいますか?」
すっかり執事モードの藤臣さん。
お風呂って案外体力を消耗するからなぁ…
「ご飯の後でいただきます。ちょっとはしゃぎすぎて疲れちゃったから、少しゴロゴロします」
そう言ったら、藤臣さんの肩がまた小刻みに震え始めた。
ケーキだけじゃないですから!
イヤリングもすごい嬉しくて、いつ着けようとか考えていたから!
私の気も知らずに、笑い上戸スイッチの入った藤臣さんは、とうとう声を出して笑い始める始末。
氷雪の君なんて命名したのは誰よ?
この笑い上戸を見せてやりたいわ。
思い切り笑って気が済んだのか、漸くいつもの藤臣さんに戻って
「畏まりました。それではごゆっくりとお寛ぎください」
と言って、一礼すると部屋を出て行った。
何か無駄に疲れたかも…
ベッドに寝転がると、私は直ぐに眠ってしまった。
「…淑乃様、淑乃様」
藤臣さんが私を呼ぶ声で目が覚めた。
目が覚めたと言うよりも、意識だけが戻って体は眠ったままだった。
瞼を閉じたまま体が起きるのを待ったけど、一向に起きる感じがしない。
「淑乃…」
藤臣さんのバリトンボイスがいつもより甘く掠れて聴こえる。
不意に唇を掠めるように一瞬だったけど何かが触れた。
温かく柔らかいそれは確かに唇だった。
「お休み、淑乃。良い夢を…」
掬うように前髪に指が絡まり、私の額に唇が触れた。
直ぐにドアが閉まる音がして、私以外の気配がなくなった。
ガバッと起き上がり、私はバクバクと煩い心臓を押さえながら、一体何が起こったのか考えた。
藤臣さんが私にキスした?
まさかまさか…
でも、デコチューは間違いない!
藤臣さんが私にデコチュー!?
私のことも『淑乃』って呼び捨てだったし…
いやいや、藤臣さんみたいな大人の男の人が、私なんかを女として見る訳ないから!
あれだ…パパと同い年だから、子供みたいなものだと思っているんだ。
私は自分を説得してまたベッドに潜り込んだ。
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