黄龍
一章:漂流者
水溜まりに足をとられて転んだ。
白色のロングスカートが見る間に泥水に染められていく。
庇う様に咄嗟に突き出した両手を、ひび割れた石畳に強く打ち付けた。
ひどく痛む。怪我をしたかもしれない。
しかし、紗里(さり)にはそんな痛みに構っている余裕はなかった。
すぐに立ち上がり、濡れて重くなったスカートの端をたくしあげて再び走り出した。
逃げて、逃げて、逃げて--足を止めてはいけない。
視界が涙で滲んだ。
紗里は片方の手でそれを強く拭う。
懸命に自分に言い聞かせていた。
怖い--けれど、泣いては駄目だ。前が見えなくなったら走れない。
ここがどこなのか分からない。
どこに行くべきなのかも分からない。
分かっていることは一つだけだった。
この足を止めれば「殺される」ということ。
「逃げたって無駄だよー」
後ろから声が聞こえてきた。
軽やかで、鷹揚な男の声。
続いて水溜まりが弾ける音がした。
走る紗里は自分の体から血の気が退いていくのを感じていた。
あの水溜まりは、さっき転んだ場所。
--もう、そこまで追い付かれている。
紗里はその距離を確かめるのが怖くて、後ろを向くことが出来なかった。
白色のロングスカートが見る間に泥水に染められていく。
庇う様に咄嗟に突き出した両手を、ひび割れた石畳に強く打ち付けた。
ひどく痛む。怪我をしたかもしれない。
しかし、紗里(さり)にはそんな痛みに構っている余裕はなかった。
すぐに立ち上がり、濡れて重くなったスカートの端をたくしあげて再び走り出した。
逃げて、逃げて、逃げて--足を止めてはいけない。
視界が涙で滲んだ。
紗里は片方の手でそれを強く拭う。
懸命に自分に言い聞かせていた。
怖い--けれど、泣いては駄目だ。前が見えなくなったら走れない。
ここがどこなのか分からない。
どこに行くべきなのかも分からない。
分かっていることは一つだけだった。
この足を止めれば「殺される」ということ。
「逃げたって無駄だよー」
後ろから声が聞こえてきた。
軽やかで、鷹揚な男の声。
続いて水溜まりが弾ける音がした。
走る紗里は自分の体から血の気が退いていくのを感じていた。
あの水溜まりは、さっき転んだ場所。
--もう、そこまで追い付かれている。
紗里はその距離を確かめるのが怖くて、後ろを向くことが出来なかった。
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