黄龍
二章:路地裏
久遠に連れられて病院に来てから数日が経った。


日中は患者が代わる代わる訪れるために、紗里はほとんどを2階で過ごしていた。


もしも町の住民の目に止まればまた騒ぎが起きてしまう。


そう思うと誰かがいる間は階下に行く気にはなれなかった。


用意された寝起きに使っている部屋を出て、
紗里は階下にある待合室が見下ろせる作りになっている廊下の手摺りにもたれ掛かってしゃがみ、人々の話しに耳を傾ける。
これが日常になりつつあった。


待合室から聞こえてくる人々の会話は、紗里がいた世界で聞く
他愛もない世間話となんら変わらなかった。

天気のこと、体の不調のこと、身の回りの出来事。


紗里が見た、殺意を露わにした人々と同じだということが信じられなかった。

あまりにも、穏やかだった。


けれどその会話の中には紗里のいた世界とは違う個所が一つ存在していた。

人々の会話の中、物騒なことや不吉なことが話されるとき
必ず「コウリュウ」という言葉がついて回る。



昼間に太陽が出なくなったのはコウリュウが出来てからだ。


夜出歩いてコウリュウの連中に見つかったら命はない。


知り合いがコウリュウの人間になってしまった。


皆が皆、コウリュウという言葉を不幸の代名詞のように使っている。


(「コウリュウ」って一体何なの……?)


手すりにもたれ掛りながら紗里は疑問に思う。
その聞き慣れない言葉にどんな漢字が当てはまるのかも想像できなかった。


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