恋時雨~恋、ときどき、涙~
その日、海からほど近い小高い丘の上に立つお城は大騒ぎになりました。


王子さまと人魚姫さまがずぶ濡れになって帰って来たのですから、当然です。


お風邪を召されでもしたら大変だ、と家来たちは慌ててふわふわの毛布を差し出します。


その家来たちのひとりが目を点にして聞きました。


『一体、何があったんや』


でも、ふたりは話したがりません。


あたたかい一枚の毛布を分け合うようにくるまって、しらんぷりです。


さて、王子さまと人魚姫さまに一体なにがあったのか。


でも、家来たちはちゃんと分かっていたのです。


人魚姫さまが諦めなかったことを、分かっていました。


『そういうこと、か』


だって、ふたりはしっかりとお互いの手を握っていたのですから。


その夜も更けてからの事でした。


御城を抜け出すふたつのシルエットを見つけた新婚の家来がおりました。


『ねえ、あれって』


『ああ』


『駆け落ちでもするのかな』


夫はくすくす笑って、カーテンを閉めました。


『見なかったことにしてあげようよ』


妻も、そうね、と小さく微笑みました。


ふたりがどこへ行ったのか。


それを知る者は、誰ひとりとしておりませんでした。


家来たちが待つ御城へ人魚姫さまが帰って来たのは一夜明けてからの事です。


朝靄けぶるような、霧雨に濡れる幻想的な朝でした。


寝ぼけ眼の家来が聞きます。


『どこに行って来たんよ』


秘密。


でも、人魚姫さまは絶対に教えてはくれませんでした。


ただ、幸せそうに微笑むだけです。


本当に、本当に幸せそうに。


あ、はて、さて。


昨夜、ふたりがどこでどんな一夜を過ごしたのか。


それを知る者はおりません。


王子さまと人魚姫さまを除いて、誰も。


あ。


失敬。


もう、お二方おりました。


夜空を埋め尽くす満天の星と、お月様。


(ねえねえ、きみきみ)


ん?


(いいこと、教えてあげようか)


おやおや、これはこれは、お話好きのお月様ではありませんか。


(絶対に誰にも言わないって、約束してくれる? そうしたら、教えてあげてもいいんだけどなあ)


何のことでございますか。


(またまたー。本当は、知りたいくせにさあ。王子と姫さまのことだよ。あのね……)
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