恋時雨~恋、ときどき、涙~
体をベッドに倒して、もう少し眠ろうと思った時だった。


天井のランプがくるくる回って、部屋のドアが開いた。


お母さんだ。


「真央」


わたしはむっくりと起き上がった。


〈どうしたの?〉


時計を確認すると、17時を過ぎたばかりだった。


夕食にしてはまだ少し早い。


首を傾げたわたしに、お母さんが言った。


「真央に、お客様」


お客様?


一歩横にずれたお母さんの背後からぬっと現れたのは、やや緊張の面持ちの店長だった。


「急に来てすまない。もう、大丈夫なのか?」


黒いパンツに、淡い淡い水色のシャツ。


あれ?


お店は?


わたしは慌ててベッドから飛び出そうとした。


「ああっ! いい、そのままで。無理はするな」


慌てて駆け寄って来た店長からは、雨の瑞々しい匂いがした。


「ごゆっくり」


とお母さんが出て行った。


「熱、下がったんだってな」


わたしは、頷いた。


「よかったな。これ、作ってみたんだ。見舞いがてら、味見してもらおうかと思ってな」


店長が持って来てくれたものは、手作りのティラミスだった。


「食欲は? あるか?」


わたしはお腹をさするジェスチャーをしながら、頷いた。


「今日は、どうも客足がいまいちでな。早めに店を閉めたんだ」


昨晩から降り止まない、この雨のせいなのかもしれない。


「それで、いつも君が作っているのを見よう見まねで、作ってみたんだけど」


と、店長がティラミスをお皿に取り分けて、わたしに差し出してくれた。


デザートはわたしの担当で、店長はメインの物を作っている。


「だめだ。まったく、自信がないんだ」


肩をすくめた店長に、わたしはメモ帳を差し出した。
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