恋時雨~恋、ときどき、涙~
「いいえ。とんでもございません」


だけど、彼に、わたしの何かが伝わった事は確かなようだった。


「頑張って」


わたしは、駆け出した。


右ポケットにメッセージカードを、左ポケットにひまわりの髪飾りを忍ばせて。


オープンテラスの会場を抜けると、そこは礼拝堂の裏庭になっていて、小さな噴水と大きな気が3本並んで立っていた。


その奥に、浜へ下りる階段が見える。


一段下りようと足を伸ばした、その時だ。


階段の下から吹きあがって来た浜風にあおられて、わたしはとっさに足を引っ込めた。


目をつむってしまうほどの、力強い風。


塩辛く、湿った、重たい風だった。


海のこうばしい匂いが、鼻の奥でつーんとした。


目を開けると、浜へ下る階段を駆け上がって来るように、潮風が登って来た。


猛烈な緊張が、わたしの足を引き留める。


この階段を下ったそこに、彼の姿が無いことを想像すると、急に怖くなった。


だけど。


今、会えなければ、今度こそ、もう二度と会えなくなってしまいそうな予感が恐怖に姿を変えて、わたしの体を逆流していった。


胸が締め付けられた。


その時だった。


大きな渦を巻いた突風が、一気に駆け上がって来た。


風は頭上の木の枝葉をぐらりぐらりと揺らし、木の葉をふわりと空高く舞い上げた。


その木の葉が、わたしに降りかかる。


木の葉に肩をぽんと叩かれて、わたしは弾かれたように振り向いた。


まるで、誰かに呼び止められたように。


だけど、振り向いたそこには、誰もいなかった。


一枚、また、一枚。


はらはら、舞い散る、木の葉。


枝葉の隙間から降り注ぐようにこぼれる夕日が、宝石の欠片のように、わたしに降り注いだ。


なんて、眩しいの。


この世界は、なんて眩しいのだろう。


わたしは、ずっと、何かを勘違いしていたのかもしれない。
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