世界の神秘(短編)
 十四番目の月が太っていく。もうすぐ、別れの時間だ。ゆっくりと、彼女のぬくもりを胸にいだく。俺が消えてしまっても、この女にだけは、幸せになって欲しい。月明かりの下で涙を流すのではなく、太陽の下で笑って欲しいのだ。



「……ノアは、あたしと居て楽しかった?」

「楽しくは、なかったな。すぐ泣くし、すぐ怒るし。まぁ、抱いてる時の顔はそそったけど。」

「ノアッ!」



 真っ赤な顔で睨まれた。だから、その顔がそそるんだってば。耳元で吹き込んでやると、益々紅潮する彼女。その頭を壊れ物を扱うように優しく撫でて、大切な唄を歌うように、呟いた。



「……楽しく、なかった。お前を思うと、辛くて苦しくて死にそうだった。
でも、幸せだったよ。俺を愛してくれて、ありがとう。」



 ――砂ぼこりが立つように、体が消えていく。彼女の目が、再び涙で滲む。



「……最後くらい笑えよな、馬鹿女。そんなに泣かれたら俺、香乃花の泣き顔しか思い出せなくなる。」



 そう、言葉にしたら。世界に散らばるどんな美しいものよりも綺麗に、彼女は笑った。
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